私がこの業界の元祖ラヂエーター屋さんですよ。


ラヂエーターの必要性については、15年位前から、ずっと言い続けてきました。

そのころからウチは、3層の銅で、手作りのタンクを使ってラヂエーターを作っていました。
しかし、そのころのチューニングは、まともに走れるチューニングが少なく(苦笑)、
ラヂエーターの必要性まで到達してなかったような気がします。

もともと、ラヂエーター修理をやっていた私は、(そのころの本業)レーシングカーの
ラヂエーターとかも手がけていたので、このチューニング業界にも、絶対に理解してもらえるはず?

絶対に認知させてやる!という情熱の元、色々模索しました。一番ガンだったのは、その値段・・・
間違いなく、当時の金額では無理だと判断しました。

先ず最初に必要なものは、ラヂエーターを認知される金額が必要だと、今は無きマササイトーと、
長野のネコ先生と岡山へ向かう新幹線の中で、話たことは今でもしっかりと覚えていますよ。

もともとウチは、コーヨーからコアを買っていましたから、「大量に買うから何とかしろ!」って、
常に言っていました。

当時のコーヨーは、そんな夢物語なんかに聞く耳をもっていませんでしたが、
そんなあるとき、コーヨーからシルビア用のラヂエーターを200台買ってくれないか?
という話があって、(何でもキャンセル品らしかった・・・)

私は、賭けに出ました。

金もろくに無いのに私は速攻で買いました。もちろん!叩いてね。
そりゃ、その当時にそんなものを買うなんて、清水の舞台から飛び降りる覚悟でね!
それが、今のスーパーライトラヂエーターですよ。

あの当時は、いろんなショップのデモカーにつけてもらう為に、協賛は収支度外視。
撒き続けましたよ・・・。

そんな地道な努力の甲斐あって、平成10年に、そのときが来たのです。

それは、ラジエーターが、この業界に認知された記念すべく年でした。

ウチにも、プチバブルが来ましたよ。

毎日、作っても作っても間に合わない日々が続いた夏は最高だったです。
やっと・・・やっと・・・日の目を見たよ・・・。

なんて、ホット一息つくまもなく・・・

なんだ、ラヂエーターって売れるんだ!って気がついた、金の亡者たちは、
仕様や、ノウハウなんて関係なく、カッコになってりゃ良いで、
業界を引っ掻き回しています・・・。

そう、世の中、金なんです。

メーカーさえも、冷えようが、冷えまいが、そんな事は関係ないラヂエーターを
売っています・・・。

元祖チューニングラヂエーターを手がけて、世の中に認知させたことは、
私の誇りだけど、その割には実入りが少なく、パクリ屋に稼がせているなぁ・・・。
というのが、今の現状です。

でも、あの時のプチバブルがあったから、スーパー15も作れたし、
今こうやって、デモカーを走らせていられるのかもしれないなあ・・・。


以上、・・・昔話聞いてくれてありがとね。



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